俺にかまうのはあなたぐらいですよ


 王泥喜くんは喧嘩が強そうな気がします。手も早そう。確か、成歩堂さんを殴ってましたし。
 それも不良とかではなくて、学校では意図的に目立たない生徒を演じている…みたいな感じ。喧嘩になると、大音声で啖呵をきってくれそうです。格好いい。
 

「王泥喜君って、喧嘩強いんだね。」

 ひょいと覗いた金色の髪に、王泥喜は目を瞬かせた。噂話には到底疎い王泥喜でさて知っている[高等部の転校生]。
 自分との接点はまるでないはずなのに、と眉を潜める。
「何の事、ですか?」
 そう告げた自分の声がやけに響いて、王泥喜はキョロと周囲を見回した。
 放課後の図書館は司書以外に人はいない。しんと静まりかえっている。
 中高一貫である此処は、受験がない分部活動が盛んなのだ。こんな場所で勉強しているのは王泥喜くらいのもので、仲間内ではつき合いが悪いと評判だ。けれど、王泥喜自身は、そんな事を気にした事もない。言いたい奴らには言わせておけ…だ。
「だから、何ですって?」
 声を潜めた王泥喜を眺めて、その男は面白そうに笑う。
「え、うん、あのね。昨日公園で…「知りません。」」
 今度はきつく言い放った王泥喜に一瞬怯んだ素振りをみせたが、その上級生は何も無かったように、王泥喜の隣に椅子を引き、座り込む。
 いっぱいに広げた、本やノートを興味深げに見つめてから、にこりと笑った。
「大声出すと、怒られるよ?」
 指を口元にあてて、しーっと呟きながら、アイスブルーの瞳を眇める仕草が様になっていて、思わず見惚れ、気付いた時には、照れくささにプイと横を向いていた。
 
 この人に見られていたなんて、不覚だ。

「校内では、随分と真面目で靜かだって評価らしいけど、違うんだね、おデコくん」
「だから、何言ってるんですかっていうか、おデコってなんですか!?」
 え?ここ。
 今度は、王泥喜の額に指が押し付けられる。かかかっと、頭に血が登る。
「アンタはっ!」
 思わず立ちあがって、今度こそ司書に睨まれた。誰のせいだと思っているんだと、横にいる男を睨みつけてけも、にこにこと笑みを崩さない。
「俺にかまうのはあなたぐらいですよ。」
 呆れた顔で言ってやれば、綺麗な碧い目を真ん丸に開けている。
「何それ、勿体ない。」
「…勿体ない…?」
 意味がわからず、ピンと立った王泥喜の髪は見るも無惨に萎えた。
「だって、喧嘩してたのは不良くん達が弱い者虐めをしてたからでしょ?」
「っ…!!!」
 今度は、触覚がピンと立った。最初から見てたのか、こいつ。
「俺は弱い奴の味方だ。絶対弁護士になってやるって啖呵きってたし、実際ちゃんと努力もしてる。」
 トントンと響也は、王泥喜の前に並べられた参考書を指で叩いた。全て、司法試験に向けて出版されたものばかり。繰り返し読んでいるらしい痕がそこかしこに刻まれている。
「こんな、格好良いオデコくんを放って置くなんて、僕には出来ないな。」
 ぱくぱくと口を開け閉めしてみたけれど、何の言葉も出てこなずに、王泥喜は耳まで真っ赤になって、視線を本へと戻した。
「僕ね、牙琉響也っていうんだ。よろしくね、おデコくん。」
「知ってます、靜にしてください。それに、俺は王泥喜法介です。」

 17歳で司法試験に合格した天才。羨望と嫉妬の眼差しで見たのは内緒だ。どうせ、自分とは関わり合いのない人種だよ、なんて毒を吐いた事も。
 
「うわ! 知っててくれたんだ! 嬉しい!」
 ギュッと抱き付かれて絶叫した挙げ句に、結局図書館からふたりとも叩き出された。

 そして、青空教室。
「どうして、俺の名前知ってるんですか?」
「ああ、君の担任の「牙琉霧人」って僕のアニキなんだ。」
「えええ!?…似てるような、似てないような…。」

 短髪響也は、それほど先生に似てないかも…とか思うわけです。



content/